ポケットの中にはビスケットがひとつ

「ポケットを叩くとビスケットが増えるって、あれ、ビスケットが割れてるだけだよな」 「お前、今頃それに気づいたの? そんなの最早定説だよ、定説」 「え、マジで? 俺、いままで気づかなかったよ」 「嘘だろ、小学校の時にはもう言われてただろ。 『森の…

ネット世代の悲しみ

ネット世代は悲しい――。 そう言うのは健太くん(11)という孫を持つ、○×市の志村末子さん68歳。 末子さんは夏休みに遊びに来た孫を喜ばせようと、カブトムシが良く集まるクヌギの木を事前に見つけておいた。 都会育ちの健太くんは、いままでにカブトムシ…

神のお告げ

「神様の声が聞こえる……」 彼女が突然そんなことを言い出したので、俺はビックリして振り返った。 この森で出会った日から、俺たち二匹のカマドウマは仲良く昆虫の死骸や落ち葉を食っては所狭しとこの世界を飛び跳ねていた。 俺たちに驚く人間の足をかいくぐ…

ワカサギ釣り

「そういえば、こないだ家族でワカサギ釣り行ったんだ」 中学校の昼休み、ユキちゃんが思い出したように言った。 「へえ、楽しかった?」 「うん、意外と。超釣れるからさあ」 「え、どれくらい?」 「うーんと、あたしだけで50匹くらい?」 「マジで、す…

偉大なるオーシャン

生命を生みだした、母なる海。 私たち人間も、遠い過去、その青い水から生まれた。 そして、いまもそこにはたくさんの生命が息づいている。 躍動するイルカや、歌を歌うクジラはいわずもがな、美しい銀色の群れをなすアジやイワシ。その小魚を求めてやってく…

四国の弘法大師様

「ねえねえ、四国には弘法大師ゆかりの観光名所がたくさんあるんだってよ」 会社の出張で四国へやってきた私たちは、その最終日、有休を取って観光旅行を楽しもうとしていた。 「え、弘法大師って、『弘法も筆の誤り』の弘法?」 「何か偉いお坊さんでしょ?…

二階から目薬

「やった、やったよ! 『二階から目薬』より難しい『雲上から目薬』に成功したよ! これで明日の試験はばっちりだ!」 額に日の丸ハチマキをした男が、雨の降る庭で飛び跳ねていた。 それを見た、隣の家の受験生は鼻で笑い、 「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」…

離婚

帰宅したとき、いつもは一瞥だにしない仏壇の写真が目に入り、ふとばあちゃんは最後まで「じいさんと離婚したい」と言っていたことを思いだした。 芋づる式に記憶が蘇り、今日はばあちゃんの命日だったことに気づく。 「じいちゃん、じいちゃんとばあちゃん…

ヨイトマケの唄

2トントラックの車内には、桑田佳祐の歌声が響いていた。 田舎道の夜は暗い。都会育ちの悠太は内心その闇に怯えていたが、ハンドルを握る先輩、中里は慣れた風にアクセルを踏み込む。 きついカーブを曲がるたび、荷台がゴトゴトと音を立て、座席のスプリン…

夕焼け

声をかけられ、僕は慌てて涙を拭いた。 目の前では、大きな夕日が沈んでいくところだった。 夏休み最後の夕焼け。 空は燃えるような朱に染まっている。 雲も、遠くを飛ぶ飛行機までもが真っ赤に見える。 言われたとおり、それはいままで見た中で一番綺麗なん…

正しい言葉

「学校の図画工作に『クレパス』が必要って、どういうことですか! いいですか、『クレパス』はサクラ社の登録商標ですよ! 学校がどこそこの品物を買えって、業者指定していいんですか! これは教育と業者の癒着だ! ゆゆしき問題だ!」 図画の先生と、それ…

ポエミック・ライフ

――――無駄。 辞書には「役に立たないこと」って書いてあるその言葉。 でも、本当? 無駄って、本当にいけないこと? ううん、きっとそんなことない。 世の中に、無駄なものなんてきっとない。 無駄に見えても、それはきっと何かにつながってる。 世界の輪に、…

お守り

冷凍庫の奥に、それは静かに眠っていた。 それがあたかも忘れ去られたように眠っていられるのは、一重にこの家の主婦、弓子のおかげだ。 弓子の二歳になる息子の拓海は、重度のアレルギーで、医者もさじを投げ出すほどのものあった。それほどに彼のアレルギ…

つぶやかずにはいられない

「いや、それにしても本当になんなんだろうなあ、この部屋。壁も天井も真っ白だし、昼間のように明るいが、窓も照明器具も見当たらない。なのに……不思議だなあ、本当に不思議だ」 僕はつぶやくのをやめると、急いで唾を飲み込み、乾いたくちびるを湿らせた。…

涙がまなじりから頬を伝い、その冷たさで俺は目を覚ます。散らかった薄暗い部屋、再生も消去もしていないため、規則的に点滅し続ける留守番電話の赤いランプ、溜め続けたゴミの匂い――そのすべてが、嫌でも俺の「いま」で、これから先、ずっと先も俺はこの「…

おかあさん

何もかもが便利な、都心のマンションに住む一家の話である。 この家の夫は大企業に勤めるエリートで忙しい代わりに収入も多く、子どもたちも有名大付属の私立校に通っている。母親はパートをする必要もない優雅な専業主婦で、夫はその収入ゆえ、彼女に何もさ…

僕の魔法の使い方

僕の望みは、魔法が使えるようになることだったんだけど――あ、今笑ったね? ……何が可笑しかったの? 普通の人間が魔法なんて使えるわけがないから? そっか、みんな僕のことを『普通の人間』とも思ってないんだもんね。『普通の人間』は、ここにいるみんなて…

夢見る少女じゃいられない

わたしは動物が大好きな女子高生だ。 犬や猫はもちろんのこと、馬や牛や、羊やヤギや、鳥だってリスだってサルだって、みんな大好きだ。その証拠に、狭いわたしの部屋にはあらゆる種類の動物たちのぬいぐるみや、ポストカードが所狭しと飾られてるし、通学鞄…

サムライ

「サムライに会いに来ました!」 開口一番、叫んだアメリカ人に、周囲はぎょっとし、それからクスクス笑いが漏らした。 するとアメリカ人は、 「ん? 何かおかしいですか? アメリカにサムライいません。なぜ? ワタシ考えました。思いつきました! サムライ…

死ねばいいのに

「――で、慌ててブレーキを踏んだんだけど、ブレーキがきかなくて、パニックになって、『死んじゃう!』って叫んだんだって。そしたら、ふっと耳元に吐息を感じて……」 美和ちゃんはそこで声を潜めて、 「『死ねばいいのに』――って、女の人の声が聞こえたんだ…

月代

「なあなあ、初対面の人間がどんなやつかわかる質問を思いついたよ」 「へえ、どういうのだい?」 大学生の友人に、男が聞き返す。すると友人は『月代』と、ノートに書いた熟語を見せ、 「これを何と読むかで、そいつの人間性がわかるんだ。 まず、一、「さ…

真夏の雪

麻衣は眠ってていいから――確かにそうは言われたけれど、だからといって運転してくれている航平をほったらかしにして、助手席でぐうぐう眠ってしまうなんて彼女失格だ。 けれど、言い訳させてもらえるなら、私は夏休みのこの旅程を空けるために、昨夜は眠らず…

ベストフレンド

「フレンド」とは、英語で「友人」を示す単語である。 そこに「ベスト」をつけると、「ベスト・フレンド」。「親友」と訳される言葉となる。 ところで、「ベスト」というのは最上級を意味する言葉であり、その一段下は「ベター」である。 ということは、「ベ…

言えない言葉

ある日、玄関先にて。 「石田さん、いつも夫がお世話になっております。これ、つまらないものですけれど……」 「いやあ、佐藤くんにはいろいろこちらも助けられて……お、これは見事な桃じゃないですか! こんなけっこ……けっ、けっこ――いや、こんないいものをあ…

モテない理由

お揃いの限定アイドルグッズを手に、30代らしき男が二人、店から出てきた。 と、その一人がふと気づいたように、 「そういえば、お主は気づいてござったか?」 「何を、でござる?」 「道行く女性の『ふぁっしょん』でござるよ」 首をかしげた友人に、男は…

お天気お姉さん

「えー、今日はお天気お姉さんがお休みのため、佐藤さんにお願いします。佐藤さーん?」 「はい、佐藤でございます。それでは早速予報をお伝えしましょう――」 と、テレビ画面に出てきた「佐藤さん」を見て、日本中が驚いた。 「こ、これは……お天気お姉さんで…

ぼくの……

生まれてはじめての、あついまいにち。 ママは「なつだよ」とぼくに言った。 なつかあ、ぼくは思った。 「まーくん、プール入ろうか」おじいちゃんが言った。 「すべり台がついてるプール、買ったんだよ」おばあちゃんがぼくをすっぽんぽんにした。 「やった…

故郷の夏

それが夏の盛りであったとしても、川の水はその清らかさを主張するように、とても冷たい。 青とも緑とも言いがたい透明な川底には、くっきりと魚の影が見て取れ、しかし幻のようなその影は、手を伸ばしても決して捉えることはできない。川魚は鋭敏だ。エラも…

たまごのちーさん

たまごのちーさんは、白い鶏卵の妖精である。 スーパーの鶏卵パックにはたくさんのちーさんが住んでいて、誰かに買われるのを待っている。 ただ待っているだけではつまらないので、ちーさんたちは遊んだりもする。 鬼ごっこやかけっこ、かくれんぼは定番の遊…

芋けんぴの秘密

「芋けんぴ」。 お菓子の西洋化が進んだとはいえ、「芋けんぴ」を知らない人はいないだろう。これは我が高知県の誇る(?)郷土お菓子の一つである。 ところで、「芋けんぴ」。 改めてこの単語を見て、おかしいな、そう思った方はいないだろうか? そう、気…