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サイン・コサイン・タンジェント

 ある教室の黒板に、消し忘れられた図形があった。

 その図形とは、直角三角形。

 てっぺんの角にはサイン、左端の角にはコサイン、そして直角の部分にはタンジェント、そう説明書きがされている。

 書いたのは数学教師だ。けれど、書かれた当の三角形。その三つの角は、それぞれお互いのことが好きだった。

 サインはコサインが好きで、コサインはタンジェントが、そしてタンジェントはサインが好きなのであった。

 世に言う三角関係である。

 けれど、三角関係でありながら、文字通りの三角形でもある彼らは、苦悩していた。

「ああ、愛しのコサイン」

 一番上の角、サインは左端の角につぶやいた。

「ここから動けない私は、あなたがタンジェントに熱い視線を向けるのを見守るだけ」

 同じように、コサインも直角に向かってつぶやいた。

「ああ、タンジェント。どうして君はサインなんかに心を奪われるのか」

 タンジェントタンジェントで、ぽろぽろと涙をこぼしていた。

「サインさま。どうか私に振り向いて!」

 三つの角は、どうしたら互いと一つになれるのかを考えた。彼らは考えに考え、さらに考え、そして――一つの同じ答えにたどり着いた。

「そうだ、こうすればあの人と一緒になれる!」

 

 放課後、教室を教師が訪れた。三角形を書いた、あの数学教師だ。忘れ物を取りに来た彼は、消し忘れた黒板を何気なく見て、驚いた。

 サインコサインタンジェント――その説明書きの横から、三角形は消え失せていた。

 その代わりに、一本の長い線が黒板をよぎっている。

 そう、三角関係に泣いた彼らは、三角形であることをやめた。そして、一本の線となり、愛しい人と一つになったのだ。

 その瞬間、世界中から三角形という三角形が消え、すべてが一本の線になった。三角関係は消え、世界は平和になった。

 そして、サインコサインタンジェントなどという、呪文めいた謎の公式など必要なくなったのだ――。

 

 と、ここまで読めば、読者もおわかりのことだろう。

 三角形の三角関係、このお話はサインコサインタンジェントなどという、わけのわからない呪文に頭をやられた文系の学生が空想した、逃避のための物語なのである。

 

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