読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

踊る阿呆に観る阿呆

「いま、こんなことを言うのも何だけどさ」

 

 隣に座った友人が低くつぶやいた。そのどこか神妙な顔が、スクリーンの賑やかな光で照らされている。

 何だい、やはり低い声で僕がささやき返すと、彼は、

 

「こういうのを観てると、頭に『踊る阿呆に観る阿呆』って言葉がぐるぐる回って、どうしようもなくなるんだ」

 

「それは……」

 

 僕は少し考えて、

 

「それは、君も踊り出したくなるってことかい? その続きは『同じ阿呆なら踊らにゃ損損』だろ?」

 

「まさか!」

 

 すると、友人は少し大きな声を出した。しーっ、前の座席の人が振り返り、人差し指をくちびるに当てる。

 すいません、その人に友人は謝って、いっそう低い声で僕にささやいた。

 

「そうじゃなくて、なんて言うか、こういうのはマナー良く、静かに観るんじゃなくて、いや、マナーは大切なんだけどさ、こう、もうちょっと楽しくというか……」

 

 言いあぐねる友人に、僕はくすり、と笑い、「わかるよ」とささやいた。

 

 どんなシリアスストーリーでも、派手な踊りを挟んでくるインド映画。

 その楽しそうなスクリーンと、まるで通夜のような客席の雰囲気の対比は、時にどんな物語よりも可笑しく思えてしまうのである。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム