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トイレの佐々木くん

「俺さ……」

 

 トイレで手を洗っていると、いつのまにか隣にいた佐々木くんが、ぼそり、とつぶやいた。

 なに、とも聞き返せずに僕が彼を見ると、

 

潔癖症のやつって、いるじゃん? 電車のつり革つかめないとか、除菌ティッシュを常に持ち歩いてますとか、そういうやつ。俺、そういうやつに『あなたの顔の毛穴には、無数のダニが住んでるんですよ』って教えたくなる衝動を抑えられなくなりそうなときがあるんだ」

 

 あまり仲良くもない彼にそんな告白をされ、どうしたものかと思っていると、

 

「……もしかして、俺って性格が悪い?」

 

 そうつぶやくて、男子トイレを出て行った。

 

 あれから十年。

 

 あのとき、彼は僕に何を伝えたかったのだろう――大人になったいまでも、僕はトイレで手を洗うたび、そんなことに思いを馳せるのであった。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム