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犬の言葉がわかる男

「ちっ、違うんです! これはマルコが望んでることで!」

 

 ひょろっとした中年男性は、懸命に説明した。

 けれど、その言葉は、火のついた中年女性をさらに煽っただけのようだった。

 

「まあ! 言うに事欠いて何てことを! いいですか? ワンちゃんを室内で飼うことは、いまの世の中、常識ですよ?! 外は暑かったり寒かったりするじゃないですか! 動物愛護法を知らないんですか! 動物にだって快適に暮らす権利があるんですよ! あなたがやっていることは虐待です!」

 

「し、しかし……」

 

「いいですか? 明日、もしそのワンちゃんを室内飼いにしていなかったら、あなたには動物を飼う権利がないと見なし、警察を呼び、私たちの団体がその子を引き取りますからね!」

 

 そう言い捨てると、彼女は踵を返し、去っていく。

 

 そのたくましい背中を見送ると、中年男性はため息をついて崩れ落ちた。

 

「マルコぉ……オレ、どうしたらいいんだよぉ……このままじゃオレ、警察につかまっちゃうよお……」

 

 すると、マルコ(柴犬の雑種3歳オス)は、彼の肩に前足を乗せ、耳元に口を近づけた。そして、

 

「てめえ、俺という野獣を家の中なんかに入れたらどうなるか、わかってんだろぉな? 小学校へ通い出したばっかりの娘さんが可愛くねえのか? ああ?」

 

「あああああああ………!」

 

 中年男性は泣き崩れた。

 

 板橋好夫いたばしよしお46歳。

 幸か不幸か、彼は犬の言葉がわかる男なのである――――。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム