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40秒で支度しな!

「40秒で支度しな!」

 

 その有名すぎる台詞がテレビから流れた瞬間、松田はガタン! 席を蹴り飛ばすようにして立ち上がった。

 

「どうしたんだよ、お前?」

 

 共にアニメ鑑賞していた友人たちが驚く。

 立ち上がった彼の目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちている。

 大学で四年間にもなる付き合いの中で、こんな彼の姿は今まで見たことがなかった。

 

 心配する皆に、松田は、

 

「みんな、ごめん……いいから、俺のことは気にしないで見ててくれ……」

 

「そんなわけにいかないだろ。わけを話してみろよ、聞いてやるから」

 

「いや、でも……」

 

「アニメなんていつでも見られるさ。それより、話せよ」

 

 温かい友人の言葉に、松田は涙を拭ってうなずいた。そして、

 

「俺の母さんは、俺が小学校の時に事故で亡くなったって言っただろ?」

 

「ああ、聞いた。……辛かったな」

 

「いや、それはいいんだ」

 

 松田は首を振って、

 

「俺と母さんの思い出は少ない。けど、いま思い出したんだ。学校に行く朝、塾に行くとき、それに家族で出かけるとき……支度の遅い俺に、母さんはいつもああ言ってたんだ――40秒で支度しな、って」

 

 テレビ画面の中では、だみ声の女盗賊頭が息子たちを怒鳴りつけている。

 

「そうか、母さんはこのアニメの台詞を……」

 

 この名作を一度も見たことがない、という松田に、わざわざDVDを借りてきたのは友人たちだった。

 

「ありがとう、みんな……みんながこれを見せてくれたから、俺、母さんとの思い出をまた一つ……」

 

 小学生の子供に戻ったように泣きじゃくる松田を、友人たちは優しく見守った。

 そうしながら、彼らは頭の中に「松田の母ちゃん=ドーラ」という図式ができあがっていくのを止めることができなかった。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム