思い出の領収書

「ど、どうしてもなんですか? これは彼女との最後の思い出なんです。思い出の領収書なんです」

 

 男は必死に訴えた。

 

「お見合いパーティーで、僕たちはお互いに一目惚れで……付き合うなんてまどろっこしいことしてられないからって、すぐに結婚して、陽太が生まれて……でも、毎日の忙しさからすれ違いが生まれて、溝はどんどん深くなって、気づけばもうどうしようもないくらいに僕たちの仲は壊れていて……。

 十年。その時間が長いか短いかはわかりません。けど、僕たちにとっては大切な大切な十年で……その最後の年でした。離婚する直前に、僕たちは旅行に行ったんです。そこで彼女にブランドのバッグを買った。

 もう一度振り向いて欲しい、そんな女々しい気持ちもあったのかもしれません。けど、元に戻れないことなどわかっていた。だから最後にせめてプレゼントを……と。

 彼女は受け取りませんでした。バッグの入った紙袋は僕の手に残って――僕はずるい男です。彼女が受け取らなかったその紙袋を、陽太に持たせて……ええ、押しつけたんです。自分の気持ちを。

 そのバッグを彼女がどうしたかなんて知りません。僕との思い出にしてくれているのか、それとも買い取りショップで売ってしまったのか……ええ、そんなもの、売ったに決まってますよね。だって、彼女には陽太との新しい生活が待っていたんだから……だけど、残された僕は一人寂しくいまもこうやって……。

 ははっ、税理士さんにはこんな話、関係ありませんよね。でも、これは本当に思い出の領収書で――」

 

「その領収書があれば、今期の税金が浮くんですが、思い出であれば仕方ないですね。満額支払うと言うことで」

 

 冷静な税理士がそう言うと、男はあっさりと握っていた領収書を差し出した。

 

 思い出だの気持ちだのを語る人間に限って、それは少々の税金に負けるほどの価値しかないものなのである。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム