車内アナウンス

「――皆様にお知らせします。ただいま、人身事故が起こりましたため、電車が止まっております。お客様にはご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ち下さい」

 

 夕方、ラッシュの電車の中に、そんなアナウンスが流れた。

 

 それは人間一人の命が失われたことを伝える悲しいアナウンスだったが、忙しい都会の人々は内心舌打ちをしていた。

 

 早く帰りたいのに迷惑だ、約束の時間に遅れてしまう、何もわざわざ電車に飛び込まなくてもいいのに――そんな空気が車内に充満する。

 と、そのとき、誰かの携帯電話が鳴った。

 

 まったく、こんなときに何だ――イライラが最高潮に達しようとしたその瞬間、電話を取った若い女性が、突然、泣き崩れた。

 

「お父さんが電車に飛び込んだ……?」

 

 ざわり、車内の空気が揺らいだ。

 涙声で続く会話を聞くと、どうやらこの電車を止めたのは、彼女の父親らしかった。

 

「ったく、いい迷惑だよ――」

 

 目つきの悪い若者が聞こえよがしにそう言いかけて――周りの大人たちに睨まれ、口を閉じた。

 

 電車は相変わらず動くことなく、女性の押し殺したような嗚咽が漏れ聞こえてきたが、もう誰も苛ついてはいなかった。

 

 なぜなら、電車に飛び込んだ男性は自分たちと同じ普通の人間で、誰かの夫であり、父親であり、同僚で、友人だったことに、彼らはそのとき初めて思い至ったからであった。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム