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癖になる味

「これが、うちに代々伝わる家庭料理、納豆とワカメ入りの肉じゃがでさぁ!」

 

 恰幅のいいお父さんにその謎の料理を出され、食レポ担当の私は凍りついた。

 

「どうぞ、ガガッといっちゃってくださいよ!」

 

 ご丁寧に箸まで渡され、逃げ道がなくなる。

 カメラマンの斉藤さんが声には出さず、笑っている。

 ADさんが気の毒そうな目で私を見ている。

 

 食べるしかない――私は思った。これは仕事だ。放棄することは許されない。それから、絶対にマズそうな顔をするのもNGだ。

 これは「あなたのお昼ご飯を見せて下さい」という突撃取材番組。お父さんは素人さんで、突撃したのはこちらなのだ。

 

「では、いただきます」

 

 私は覚悟を決めて、その謎の料理を口に入れた。

 納豆の匂いとワカメのぬるぬるした食感が、とてもじゃないがクソマズい。しかし、にこにこと見守るお父さんに、そんな率直な感想が言えるわけもない。

 

 こんなとき、石塚さんならなんて言うんだろう――私は食レポの神に助けを乞うた。

 あの何でも美味しそうに食べる石塚さんだったら、この腐った靴下のような料理をどうやって……。

 独特な味? 好き嫌いが分かれる味? いや、それだと言外にまずいと言ってるようなものだ。そうじゃなくて、もうちょっといい方向に――癖の強い……じゃなくて、そう、癖になる味――?

 

「く、癖になる味ですね!」

 

 私は精一杯の笑顔でそう言った。

 

「そう?」

 

 お父さんが嬉しそうに笑う。ディレクターもOKサインを出している。

 よかった、私は胸をなで下ろして、

 

「ええ、本当に癖になる味――……」

 

 そう言って、さっと青ざめた。

 

「どうしたの、全部食べちゃっていいですよ」

 

 お父さんがにこにこと、私の二口目を待っている。

 気に入ったんならもっと食えよ、とディレクターがあごで支持している。私の脳裏で、食レポの神様が「まだまだだなぁ」と笑っている。

 

 ああ間違えた――私は愕然としながら、残りの料理を見下ろした。

 

 癖になる味、と言ってしまえば、二口目は避けられない。

 

 つまり、私が言うべき言葉は、今後の展開次第でどうとでも逃げられる、「癖になりそうな・・・・・味ですね」のほうだったのだ。

 

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