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彼の音楽を聴いた、皮肉にもカッコいい――チャールズ・マンソンが死んだなら

「……チャールズ・マンソンって、誰ですかね」

 

 ビニール袋に入った書き置きを見て、私はつぶやいた。

 

「ミュージシャンですか?」

 

「ああ、昔のな。けど、同時にアメリカのカルト指導者であり、殺人罪終身刑を言い渡された囚人だ」

 

「へえ、ナガさん、詳しいんですね」

 

「その手の方面じゃ、ちょっと有名だからな。カルトで犯罪者でミュージシャン。……それだけで、若いやつは惹かれるものがあるだろう?」

 

「私にはわかりませんよ。わかりたくもありません」

 

 黄ばんだ歯を見せるナガさんに、つっけんどんに私は言った。そして、表についた血液に触れないよう、ビニール手袋を外す。

 

「犯罪者に憧れる気持ちなんて、私にはわからないです。ましてや、自分の母親と姉を殺して、こんな書き置きを残すなんて」

 

 リビングに並んだ三つの死体を見下ろし、私は言った。

 死亡推定時刻から、この一家無理心中が起きたのは昨日の深夜。ははじめに母を、次に姉を殺し、最後に自分の首を刺したものと思われる。

『彼の音楽を聴いた、皮肉にもカッコいい。チャールズ・マンソンが死んだなら』

 そんな妙な遺書を残して。

 

「しかし、チャールズ・マンソンが死んだならって、どういう意味だろうなあ」

 

 同じように手袋を外したナガさんがつぶやく。

 

「何かこの後に言葉が続きそうじゃないか? 死んだなら――世界はどう変わるだろうか、とか」

 

「だから、犯罪者の考えることなんか知りませんよ」

 

 鑑識作業の終わった現場に、刑事たちが踏み込んでくる。

 彼らに道を空けながら、私は、

 

「それに私たちはよく知ってるじゃないですか。誰が死んでも世界は動き続ける。毎日、こんなにたくさんの人が殺したり、殺されたりしても、何も、誰も変わらないって」

 

「若いのに厭世的だな、吉田ちゃんは」

 

 ナガさんはそう言って再び黄色い歯を見せ、

 

「よし、今晩はおじさんのおごりで飲みに行こう! 『ふくや』がいいか? それとも、『さの吉』に行くか?」

 

「……『トスカーナ』がいいです」

 

 私が言うと、ナガさんは、

 

「ええ? あそこ、おじさん行くと浮いちゃうし、焼酎置いてないし……」

 

「ナガさん、傷心の私をいたわってくれるんじゃないんですか?」

 

「いや、それはそうだけど……じゃ、間を取って『NAGOMI』は?」

 

「……それでもいいですけど」

 

「じゃ、決まりだ」

 

 笑うナガさんに、私もやっと笑顔を返した。

 

 私には、心配してくれる上司がいる。たくさんの友達が、家に帰れば家族がいる。だから、殺人者の気持ちなどわからない。

 ましてや、チャールズ・マンソンだなんて、会ったこともない、遠い国の犯罪者の音楽でしか孤独を癒やせなかった彼のことなど――。

 

「よし、じゃほかのやつらにも声をかけるか……」

 

 携帯に老眼を細めるナガさんを見て、私は頬を緩めた。毎日凄惨な現場を見てなお、私はとても幸せだったのだ。

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タイトル案は山居中次さんからご提案いただきました。ありがとうございます。引き続きタイトル案募集しています。

 

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