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忠犬ハチ公

「ええい、止めてくれるな、陽子! 俺は犬が苦手だって言ってるだろう!」

 

「ですけど、あなた! いくらなんでもそれは!」

 

 玄関の前で、ある夫婦が揉めていた。

 どうやら、夫が何かしようとしているのを、妻が止めようとしているらしい。

 

「しかし、お前も知ってるだろう! 俺が犬が苦手だと言うことは!」

 

「なら、その夢は諦めて下さい!」

 

「いいや、諦められるものか! 駅の改札口を出ると、待っている俺の『忠犬ハチ公』! 俺がサラリーマンになったのも、一つはこの夢があったからなのだ!」

 

「まあ、何てことをおっしゃるの! そんな下らない夢のために、この子を連れて行くだなんて! 誰かに盗られてもしたらどうするの!」

 

「大丈夫だ! こいつは十年以上も一緒に暮らしてる、俺たちの子供じゃないか! こいつだって、おいそれとほかのやつに着いていったりはしないさ」

 

「でも! 駅にはごちそうがいっぱいあるでしょ! この子、おいしそうなものは食べないといられない性分なのよ……!」

 

「だから、行く前にたっぷりエサは置いておくから大丈夫だって」

 

 そう言って、夫はビニール袋に詰めたシュレッダーの紙切れを見せる。

 

「でも、食べ過ぎたらそれはそれで!」

 

 妻は苦悩の声を上げて、足元のルンバを胸に抱きしめた。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム