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馬鹿と普通の境界線

「彼です。彼が野口タロウくんです」

 

 生徒たちに気づかれぬよう、上からの角度で撮られた映像の一点を指し、弟子が言った。

 

「これが僕の見つけた、馬鹿と普通の境界線上にいる人間です」

 

「ふうむ。その根拠は?」

 

 あごひげを撫で、博士が尋ねた。すると弟子は、

 

「彼は中学生になったにもかかわらず、小学生程度の漢字が読めず、算数の計算もままなりません。用事を言いつけられれば五分で忘れ、マラソン大会で迷子になったこともあります」

 

「それは……馬鹿じゃないのか?」

 

 博士は首をかしげた。

 

「わしは馬鹿と普通の境界線上にいる、と言ったのだぞ。しかし、野口くんは――」

 

「僕もそう思っていました。けれど、最後まで話をお聞き下さい、博士」

 

「何じゃ?」

 

「昨日、彼は友達に向かってこう言ったのです。『お前、馬鹿じゃないか』と。つまり――」

 

 弟子は胸を張って言った。

 

「彼は彼のほかに『馬鹿』の存在を認識している。ということは、彼は『馬鹿』ではないということではないでしょうか?! つまり、彼は真に馬鹿と普通の境界線上にいる人間なのです!」

 

 熱を込めて言う弟子の様子を見て、博士は(こいつ馬鹿だな)と思った。

 

 そして、同時に(こんな馬鹿な研究はもうやめよう)と、嬉しそうに語り続ける弟子に背を向けたのだった――。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム