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言えない言葉

 ある日、玄関先にて。

「石田さん、いつも夫がお世話になっております。これ、つまらないものですけれど……」

「いやあ、佐藤くんにはいろいろこちらも助けられて……お、これは見事な桃じゃないですか! こんなけっこ……けっ、けっこ――いや、こんないいものをありがとうございます」

 

 またある日、電話にて。

「はい、石田です」

『あ、わたくし、チャイルドエデュケーションセンターの福本と申しますが、お孫さんの教育にご関心は――』

「ああ、そういうのはウチはけっこ……けっ、けっ、けっこ――いえ、いらないですから」

 

 またまたある日、テレビを見て。

『いや、マジで結構ハイレベルな感じって言うかぁ~』

「おい、母さん、聞いたか、いまの」

「はい? 何をですか?」

「テレビだよ! いま、この若者がけっこ……けっ、け――例の言葉を言ったんだ! 俺よりずっと若いというのに!」

 取り乱す石田さんに、奥さんはため息をついた。そして、

「若いか、年寄りかなんて関係ないでしょう。あのあたりに住む人は、小学生の遠足で行くって聞きますし」

「しょっ、小学生の遠足で、だとお?!」

 目を白黒させる夫に、奥さんはいつものことながらため息をつき、止めていた掃除を再開させた。

 

 『日光を見ずして結構というなかれ』。

 かの徳川家康を祀るため、建てられた日光東照宮

 その美しい建物を見ずに「結構」などと言うもんじゃない――古い時代のことわざは、いまも呪縛となり、現代に生きる、ある種・・・の人間を縛り続けている。

 

「けっこ、けっ、けっ――くそっ、あの言葉を言えないのは辛いが、あんな男の墓に参ったらご先祖様に顔向けができない……!」

 

 そう嘆く石田さんは、徳川家康の征伐を逃れた、石田三成の子孫。

 

 この先の一生も、例の言葉・・・・を言わずに過ごす覚悟に満ちあふれた男なのであった。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム