つぶやかずにはいられない

「いや、それにしても本当になんなんだろうなあ、この部屋。壁も天井も真っ白だし、昼間のように明るいが、窓も照明器具も見当たらない。なのに……不思議だなあ、本当に不思議だ」

 

 僕はつぶやくのをやめると、急いで唾を飲み込み、乾いたくちびるを湿らせた。それから間を置かず、

 

「そもそも僕は何をしてたかというと、会社帰りだったんだよなあ。今日も残業で終電に乗って、最寄り駅から歩いてたんだ……駅から家までは歩いて20分。ちょっと遠いけど、薄給なんだ、仕方ない。家賃の安いところに住まないと、やってけないからなあ」

 

 溺れる人間が息継ぎをするように、息を吸い込む。それからやはり間を置かずに、

 

「今日は疲れたから、コンビニにも寄らずに帰ろうと思ったんだ。だから、表通りを歩かなかった。暗い裏道を歩いたんだ。女性なら怖いかもしれないけど、僕は男だから平気だし、そっちのほうが少し近道だから……」

 

 乾燥した部屋の中でつぶやきつづけていたからだろう、咳が出た。止まらない。

 やばい、そう思って、部屋の隅をちらりと見る。動いている・・・・・。僕は無理をして、

 

「い、家に帰ったら……ゲホッ、ゲホゲホ、や、やろうとしてゲホッ、たんだ、その、ゲーム……ゲホッゲホッ、ゲームを……」

 

 やばい。咳が止まらない。

 そして、どうやらあいつは・・・・咳では止・・・・まらない・・・・。じりじりと近づいてくる。

 

 ――何か、言わなければ。

 

「ゲームは、ゲホッ、まっ毎晩してるから、グエッゲホッ……プレイしないと眠れない。そうじゃないと……ゲホッゲホゲホ……」

 

 だめだ、喉の粘膜が張りついたようになり、これ以上は何も言葉が出てこない。

 

 あいつ・・・が近づいてくる。

 

 頭部の面積に対して大きすぎる口を開き、じりじりと向かってくる。

 初め――突然、夜道で光に包まれ、この白い部屋に連れてこられたとき、あいつは部屋の隅にうずくまっていた。

 そして、僕を見た。何だっ、震え声でつぶやいた僕に、ピタリと動作を停止した。しかし、沈黙が続くと、再びじりじりとこちらに向かって動き出した。

 

 つぶらな目が僕を捉え、人間ひとりを丸呑みできるほどの大きさの、ブラックホールのような口が迫る。

 

 あいつ・・・に触れられたら、どうなるのだろう。

 

 激しい咳をしながら、けれど、僕はその結末を既に知っているような気がしていた。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム