正しい言葉

「学校の図画工作に『クレパス』が必要って、どういうことですか! いいですか、『クレパス』はサクラ社の登録商標ですよ! 学校がどこそこの品物を買えって、業者指定していいんですか! これは教育と業者の癒着だ! ゆゆしき問題だ!」

 

 図画の先生と、それを怒鳴りつける父親の間に立ち、一人の神様がうんうんと頷いていた。

 

 彼は言葉を司る神様。

 

 もちろん、神様なのだから、人間にその姿は見えない。

 彼は、正しい言葉を話す人には祝福を、そうでない人には呪いをかけるのが仕事だった。

 

「え……でも、クレパスって言いますよね。その……サクラ社のものではなくても……」

 

 若い図画の先生がたじたじとする。

 その言葉に、神様は思いきり顔をしかめ、その気配を感じたかのように、父親も大声で怒鳴った。

 

「だから違うって言ってるでしょう! 『クレパス』は登録商標なんです、登録商標! 言葉の意味、わかりますか? まったくもう、これだから教師は……」

 

「すいません。……でも、それなら何て言えばいいんですか?」

 

 先生が聞き返す。神様と父親は同時にため息をついた。

 

「『オイルパステル』です」

 

「オイル……」

 

「『オイルパステル』。わかりましたか? まったく、わかったらちゃんと生徒に伝え直して下さいよ。きちんとした言葉を知らなかったという謝罪もつけて」

 

「はあ……すみませんでした」

 

 先生が小さく頭を下げる。しかし、その顔に反省の色はない。

 

 この図画の先生には、手に取ったオイルパステルが必ず折れる呪いをかけてやろう――言葉をないがしろにされた神様はそう思った。

 それから父親を振り返り、言葉を大切にする彼にはどんな祝福を与えてやろう、そう思った時だった。

 父親がふと思いついたように、手に持っていたプリントを広げた。そして、

 

「……セロテープも必要なのか。家にあったかな」

 

 と、つぶやいた。

 

 瞬間、神様は激高し、彼にテープと名のつくものすべてがグチャッとなり、うまく切れなくなる呪いをかけた。

 

 なぜなら、「セロテープ」はニチバン社の登録商標であり、正しくは、「セロハンテープ」であったからだ。

 

 まったくどいつもこいつもふざけおって――神様はブツブツ言いながらも、正しい言葉を使う人を求めて、再び空へ舞い上がっていった。

 

 先生と父親の二人は、呪いをかけられたことなど知るよしもなかったが、しかし、逆に祝福を与えられたとしても、それが果たして彼らの人生にプラスであったかどうかは、その呪いのせこさを見るに、どうにも期待できそうになかった――という事実は、私とあなただけが知っていることなのである――。

 

【1分で読める超短編小説集】(山野ねこ) - カクヨム