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離婚

 帰宅したとき、いつもは一瞥だにしない仏壇の写真が目に入り、ふとばあちゃんは最後まで「じいさんと離婚したい」と言っていたことを思いだした。

 

 芋づる式に記憶が蘇り、今日はばあちゃんの命日だったことに気づく。

 

「じいちゃん、じいちゃんとばあちゃんって仲悪そうだったけど、実際そうでもなかったんでしょ? 何だかんだ言って、最後まで添い遂げたわけだし」

 

 夕食のサンマを突きながらそう言うと、そのサンマをぐちゃぐちゃのペースト状にしたものを食うじいちゃんは、

 

「ばあちゃんはじいちゃんが大嫌いだったんじゃ」

 

 悪びれもせずにそう言った。

 

「給料はパチンコにつぎ込むし、ばあちゃんを殴ったこともあるでな。女も作ったし、家に帰らなんだときもあったもんじゃ」

 

 なんという極悪じじいだ。

 仲が悪そうに見えても、実は――というほのぼのエピソードが聞けるかと思えば、本物の離婚推奨案件だったとは。

 

「……なんでばあちゃんは離婚しなかったんだろうね」

 

 ひとりごとをつぶやくと、じいちゃんは、

 

「そこが俺の賢いところよ」

 

 なぜか偉そうに開き直った。

 

「そんなこともあろうかと、見合いの時に条件をつけたんじゃ。文字を書けない女を頼むってな」

 

「どういうこと? 文字が書けないほど学がなければ、離婚なんてできないってこと?」

 

「いやいや」

 

 じいちゃんは皺だらけの手を顔の前で振った。

 

「もっと単純なことよ。――文字が書けなけりゃ、三行半も書けないだろう?」

 

 ひゃっひゃっひゃ、じいちゃんは笑って――サンマのペーストを誤嚥した。ゲホゲホとむせ始める。

 

「ま、茉莉……水、水を……」

 

 じいちゃんが苦しそうに呻く。

 

「ばあちゃんがあの世で呼んでるんでしょ」

 

 私はそれを無視して、白いご飯を頬張った。

 そして、このままじいちゃんが死ねば、命日がまとまって楽だなあと、じいちゃん譲りの極悪さで考えたのだった。

 

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